社長コラム

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三国志から学ぶ(その11) -映画「レッドクリフ」からみた適材適所

先月コラムでは三国志から学ぶ軍を動かすものとはについて次のように述べた。軍が目的・目標を共有し、使命・責任
(役割)がその軍の背中を押し上げる。その大前提は大きく2つ。①組織のルール化(法)=トップ・軍(ミドル+現場)の秩序
維持。②人の長所を活かし合う適材適所の実施=権限委譲組織の構築の実現。これにより、組織の信頼関係が強まり、
士気が上がる。今月コラムは、その権限委譲組織の基本となる、人の長所を活かし合う適材適所について語っていきたい。
(注:劉備玄徳=劉備 ・曹操孟徳=曹操 ・孫権仲謀=孫権 ・諸葛亮孔明=孔明)


三国志の面白さはそれぞれ異なる目的を持つ三国の盟主(蜀の劉備・魏の曹操・呉の孫権)の立場、考え方、動き方の
違いである。また盟主を支える軍師・知将・猛将達の知力武力の限りを尽くした三国の領地(現代の顧客市場・新規開拓
市場)獲得の争奪戦は実に興味深い。その争奪戦の一つに、映画「レッドクリフ」のタイトルで大ヒットした「赤壁の戦い」
が挙げられる。荊州を難なく攻略した曹操はその勢いのまま、孫権のいる呉へ攻め入ろうとする。大軍勢を率いて長江に
南下してきた曹操軍約20万に対し、劉備・孫権連合軍約5万が迎え撃ち大勝利した三国志の中でも最も有名な戦いである。


何故、劉備・孫権連合軍は大軍の曹操軍に大勝利することが出来たのか・・・
開戦当初、孫権は曹操軍との戦いに弱腰であった。劉備の軍師である孔明は、自身の提唱する天下三分の計(弱小の劉備
が国の三分の一を獲得する)をかかげ、劉備軍の生き残りをかけ、孫権を説得し連合軍を組んで曹操に立ち向かわせることに成功した。
劉備・孫権連合軍に対する曹操軍の強みは圧倒的な兵力の数であった。そのため連合軍が勝利するには短期決戦に持ち
込む必要があった。逆に曹操軍は連合軍に重圧をかけ降伏させる長期戦の方が望ましい。
三国それぞれの軍組織の強みを分析してみると、曹操軍の強みは圧倒的な兵力、
孫権軍の強みは経験豊富な水軍にあった。
劉備軍の強みは軍師孔明の智略と将軍関羽・張飛・趙雲の勇猛さであった。孔明は孫権配下の魯粛との外交交渉を成功
させ、魯粛を通じて孫権軍の大提督周瑜らを抗戦派に取り込んだ。


筆者からみた「赤壁の戦い」での連合軍の勝因が4つあるとすれば、第1の勝因は劉備軍と孫権軍とを連合軍にすること
に成功した孔明の「智略」である。もちろんこれに賛同した呉の魯粛の高い見識にもよるが・・・残りの3つの勝因は
戦場を赤壁に選んだその地形に加え、「水」「火」「風」を巧みに活かし自然を味方にした戦法であろう。
第2の勝因として孫権軍の強みである水軍を活かした「水」である。ただ勇猛な呉の水軍をもってしても曹操軍との兵力
差を埋めることが出来ず、まだ勝ち目は薄い。そこで孫権軍の将軍黄蓋(こうがい)が大提督周瑜に「火攻めの計」を進言
し、これを周瑜が採用した。この火攻めを効果的にするために、ほう統が周瑜に対して、孫権の兵士達が船酔いしない様
曹操軍を調略し、曹操軍の船同士を鎖でつなげる「連環の計」を進言し実行した。後にほう統は劉備に仕え軍師となる。
第3の勝因は「火攻めの計」と「連環の計」との見事な連携であり、その基となるのが「火」にあった。
第4の勝因は、孔明が東南の風を吹かせるために、祈祷によって吹いてきた「風」にある。
「水軍」「火攻めの計」「連環の計」「風」の連携効果により、曹操軍は大船団が炎上し大敗北を喫した。
これを機に孔明が提唱した天下三分の計が動き出したのである。


この「赤壁の戦い」から、人の長所を活かし合う「適材適所」の事例を随所に学ぶことができる。
適材適所は人の持つ強みを最大化する。この大戦では連合軍を企画した孔明の「智略」、これに賛同した呉の魯粛の
高い「見識」、呉の水軍を率いた大提督周瑜の「統率力」、火攻めの計・連環の計を進言した黄蓋、ほう統の優れた
「戦術」、東南からの風を予測した孔明の「地政学」など、それぞれの持つ強みを活かし合うことで成し得た適材適所
の勝利の事例と言えよう。


この適材適所の本質は「適材」=人のもつ強みを活かし、「適所」=与えられた職責につくことにより、全体がプラス
に作用することであり、それぞれが持つ違う才能や持ち味を活かし合うことで発揮されることである。
忘れてはならないことは、適材適所は権限委譲組織の基本である。


権限委譲組織では、上司から責任と権限を委譲された部下は自分本位で好き勝手に動くのではなく、上司に報連相
(報告・連絡・相談)を行う事が大原則となる。何故なら部下は失敗するリスクをとることもあるが、全体責任をとるの
は部下でなく上司であり、部下から報連相がないとすれば、上司は大所高所に立った適切な判断、決断が出来ない。
部下にあるのは上司から与えられた現場責任であり、部下は全体責任をとる立場ではないからである。そのため権限委譲
する際、上司は部下に責任範囲をはっきりと示しておく必要がある。任せる(委譲)することで部下は責任感と判断力が
増し、任せることが最高の人材開発につながる。しかし誰にでも権限委譲すればいいことではない。各人の力量、知見、
能力に応じた権限委譲が大事である。


企業でも大きく経営の視点から組織診断のための分析ツールとしてSWOT分析(社内の強み・弱み・社外の機会・脅威)
が用いられている。誰にでも強み弱みはある。組織を構成している個々の社員の強み弱みを分析し、それぞれに適した
所に配置することで、その人の持ち味が活かされ力が発揮される。


徳川8代将軍吉宗を補佐した思想家儒教家である荻生徂徠の徂徠訓には
「人はその長所のみを取らば、すなわち可なり。短所を知るは要せず。かくして、上手に人を用うれば事に適し、
時に応ずる人物、必ずこれにあり」と書き記されている。次月に続く。


平成29年5月31日


 

三国志から学ぶ(その10) -軍を動かすものとは?後篇

今月コラムは、先月に引き続き三国志から学ぶ- 軍を動かすものとは?の後篇について語っていきたい。
先月が組織(軍)を動かすことの基本篇とすれば、今月はその応用篇である。
(注:劉備玄徳=劉備 ・曹操孟徳=曹操 ・孫権仲謀=孫権 ・諸葛亮孔明=孔明)


組織管理のコツは公平・公正の精神と信賞必罰「寛=温情主義・厳=厳しい態度」である。
いかに賞され罰せられるかによって人は左右される。そのために企業では就業規則、プロジェクトチームにはルール
が存在するように、国には憲法・軍には軍法が定められている。三国志で有名な故事「泣いて馬謖を斬る」では、
孔明は指示に従わなかった馬謖に対し「軍法を守らずして、どうして敵を破ることができようぞ」と泣いて愛する
部下を斬罪に処した。ただ厳し過ぎるだけでもいけない。相手の反発を買うからだ。人を叱るには、激しい態度で臨ん
ではならない。相手に受け入れられる限度を心得ておくべきだ。上に立つ者は怒鳴るような叱り方はしてはならない。
三国志演義では衰退した漢帝ではあるが、史記によると、漢の高祖劉邦は秦を滅ぼした直後、従来の複雑な法令を
すべて廃止し、「法は三章のみ」とし①人を殺した者の死刑②人を傷つけた者の処罰③盗みを働いた者の処罰に
とどめた。これにより劉邦の支持は一気に高まったという。厳罰を最低限にとどめ、その分だけ人を信頼することが
政治の肝であろう。「過ぎたるは及ばざるがごとし」 何事もほどほどの中庸が大切である。


劉備・曹操・孫権は、配下の将軍と軍(将校・兵隊)に対し、褒章・慰労・感謝で接し、恩情をかけ大切に扱い、
部下を愛した。そのため部下達は命がけで王を守った。三国志の戦でも「もうだめだ」という絶体絶命の場面が
多々あった。軍が総崩れしてパニック状態になった時の対処の仕方が肝要だ。危機の時に組織の在り方が試される。
窮地の時に劉備・曹操は部下によって幾度も助けられた。


現在経営ではCS(顧客満足)とES(社員満足)という言葉がある。CSが一番という企業もあるが、弊社では
ESが一番であり、社員第一主義。社員が居るからこそ会社経営が出来るのである。社長一人では何も出来ない。
社員に感謝である。論語に「民、信なくんば立たず」とあり、信=信義の確立の重要性を説いている。
事業を成功させるには3つの条件①天の時(実行タイミング)②地の利(立地条件)③人の和(内部の団結)が求められる。
事業は人で成り立つ。組織は権限委譲されたミドル(中間管理職)と現場に判断を求め、トップが決断する。
これが意思決定の基本であろう。その判断力のある部下の育成が組織の要となる。


企業はトップの下に居るNo2とミドルにどのような人材がいるかで評価される。トップが言ったことを、No2が
トップの意を汲んで通訳しミドルに伝える。ミドルがNo2と同じように現場リーダーに伝える。
時をひとつに、力をひとつに、心をひとつに、このようなトップ・ミドル・現場との一体感がある組織は強い。


最近モチベーションに関する言葉をよく耳にする(モチベーション・マネジメント等)・・・モチベーションを辞書で引くと、
「動機づけ、決心する原因となることがら、行いの目的」と記されている。以前某企業の社員の中から
「モチベーションが起きてこない、上がらない」と耳にしたことがある。好き嫌いや気分に関係なく、目的・目標と
責任によって自分自身を動かすという経営者感覚を社員全員が持つと、企業は繁栄する。組織は目的・目標を
見て前向きに進み、窮地の時は責任(自分に与えられた役割、任務を全うし)が背中を後押しする。
大切なのは使命と責任である。ぎりぎりの状況の中で任務(責任)を果たす。与えられた仕事を自分のものに
できるかが問われるところだ。組織は目的・目標を前に見て、使命・責任で動く。そうなれば士気(物事を成し遂げ
ようとする意気、何かをやろうとする気迫)が自然と生まれる。


組織が使命・責任で動くとすれば、トップはその権限を組織に与えなくてはいけない。そうすることで権限委譲組織
ができる。権限委譲組織ではリーダーシップとそれを支えるフォロワーシップの関係構築が大切となる。
チ―ムを下から支えてくれるフォロワーに権限を委譲し、その結果に対しての全責任を取るのがリーダーの役割である。
権限委譲の基本は、野球をみればわかるように、人の長所を見極める適材適所である。


弊社も最初はMust(義務感)からであった。仕事だからやらなければならない、給与をもらっているから、上司の命令
だからという他律(外圧で動く)という段階から、個々が自律(内圧で動く)というShould(使命感)の段階へ教育
レベルを上げた。Should(使命感)によって、一人ひとりが役に立てる存在であることに価値を見出すようになる。
自分の意志によって動く、当事者意識をもつ、自分が主役である、誰かの何かの役に立つ存在であるという意識改革
である。ただ人は簡単には変わらない。その前提として、何かしらの仕組みを構築し、その仕組みの上で意識改革の
効果が表れると信じ、現在進行中である。自分が自他共に認められる存在だからこそ、別の個である相手の存在価値を
認めることが出来、個々が互いに尊敬し合う仲間となるのである。


軍を動かすものとは・・・ 軍が目的・目標を共有し、使命・責任(役割)がその軍の背中を押し上げる。
その大前提が大きく2つある。①組織のルール化(法)=トップ・軍(ミドル+現場)の秩序が保たれる。
②人の長所を活かし合う適材適所の実施=権限委譲組織の構築が可能となる。
これにより、組織の信頼関係が強まり、士気が上がる。


ここに元連合艦隊司令長官、山本五十六の名言がある。
「やってみせ、言ってきかせてさせてみて、誉めてやらねば人は動かじ」
人は尊敬している誰かに認められ動くものである。
組織の見えない人の心を一つにどう束ねるか?リーダーの持つ役割の意味は大きい。


平成29年4月25日


 

三国志から学ぶ(その9)- 軍を動かすものとは?

先月コラムでは三国志から学ぶ-WHY(目的)・HOW(目標)・WHAT(計画)について
三国志に登場する国王(蜀の劉備・魏の曹操・呉の孫権)をそれぞれ異なる立場で語ってきた。
周知のとおり、三国志は漢王朝の権威・権力の衰退により、国の秩序と経済が乱れた時代を描いた
書物である。三国志の志とは「土の下に心がある。心根がある。武士(士)の下に心あり」と書くが、
その心には三国それぞれの王の想い(国体を成す秩序の回復等)があったことだろう。
今月コラムでは、国王を支える軍を構成する将校、兵隊の立場に置き換え、「軍を動かすものとは?」
について、その本質を語っていきたい。
(注:劉備玄徳=劉備 ・曹操孟徳=曹操 ・孫権仲謀=孫権 ・諸葛亮孔明=孔明)


三国志に登場する組織階層は大きく分けて①トップ(国王・軍師・参謀=役員クラス)②ミドル(トップ
と現場をつなぐ将校=部課長クラス)③現場(兵隊=現場社員)の3層から構成されている。
人間の身体も組織と同じようにトップ(頭)・ミドル(背骨・胴体)・現場(手足)から構成されており、
神経路のようにトップの頭(脳)が命令したことで身体(ミドル・現場)が動く。これは三国志だけでなく
企業組織も全く同じである。頭が指示命令しても身体が動かないとすれば、これは一大事である。
組織も身体も一体でなければならない。トップは指示命令したことがミドル・現場にどれほど理解され
伝わっているのか心配になる。逆にミドル・現場からみると、トップが指示命令したことが理解不能で
あれば組織は機能しなくなる。トップが自分の考えを理解してもらいたいのであれば、まず先に
ミドル・現場が考えていることを理解する必要がある。コミュニケーションの本質は相互理解だ。


三国志に登場する将校・兵隊の立場では、王がどれほど自分達のことを考えているのか気になるところだ。
筆者の座右の銘は「3つのつ①伝える②つかむ③つなぐ」である。
①は理念(経営・教育)を言葉で伝える。リーダーは言葉を語り、言葉は行動をつくり、行動は習慣をつくる。
②は人の心(人心掌握)・本質をつかむ。「大業の成就を願うならば、人心は仁義をもってつかむもの」は
劉備玄徳の名言である。
③は人と人、シーズとニーズ、過去・現在から未来へつなぐである。人の心と心をつなぐと信頼へとなる。


では、三国志に登場する軍(ミドル・現場)を突き動かすものとは一体何であったのだろうか?
あの人(国王)のために戦う。あるいは自分のために戦う。人それぞれであろう。戦いは時の運や勢いも
あるが、それにも増して大切なことは軍が戦うことへの納得感が有るか無いかではないだろうか?
軍が他律的、外圧に動くとすれば、利害(恩賞)・恐怖(戦わないと殺される)・権威・権力であろう。
いわゆる義務感=Must(しなければならない)の世界である。
他方自律的、内圧では目的・目標(大義・志)・忠信・情愛・使命感=Should(好き嫌いに関係なく、
ただ目の前のやるべきことを行うこと)で己が認められ、社会の役に立つ存在として動くのであろう。
もちろん最初から自らの志を遂げようとする意志力=Will(成りたい自分になろうとする意志の力)が
出てくるのが理想ではあるが、そう簡単にはいかない。義務感(Must)を超えた、使命感(Should)、最後に
意志力(Will)という段階的プロセスが求められる。まず軍が使命感(Should)を感じ、動くことが基本となる。


とすると軍の使命感はどこから生じるのか?リーダーの役割(責任)は①方向性を示す②権限委譲する
③組織を整える④模範(下からの尊敬・信頼)の4つである。そのためには理念(価値観)という旗印を掲げ
その旗の下に軍兵は集まる。進むべき方向性が明確になると、軍兵が前に進もうとする意志の力が生まれる。
理念の力は大きい。そしてトップと軍(ミドル・現場)をつなぐものは強い信頼関係である。
軍は自立した個と個が互いに助け合うチームである。そして軍はトップからの扶助(信頼)により結ばれている。


「組織の精神はトップから生まれる。組織は信頼によって成立し、信頼はコミュニケーションと相互理解によって
成立する」(ドラッカー)。信頼関係が強固になると軍の士気が上がる。三国志では他国に勝利するため屈強な
軍の育成を10年もかけ教育訓練する場面が多々あった。そうなると教育理念が必要となる。


弊社アイナス教育理念には三助「自助(自立)・互助(協力)・扶助(信頼)」
三意「熱意・誠意(嘘ごまかしがないこと)・創意(工夫)」・意欲・感謝を掲げている。
三助は・点(自立した個人)⇒・線(点と点をつなぐ)⇒・面(線と線をつなぐ)イメージである。


人材育成の根幹は「資質・環境・教育」と言われている。人の資質を見出し、教育を施し、環境(質の高い
チームづくり)が何よりも求められる。環境と言えば、元メジャーリーガー松井秀樹の恩師である星稜高校の名将
山下智茂監督の名言「花よりも花を咲かせる土になれ」を思い出す。栄養ある土壌(組織文化)が素晴らしい
人材(花)を育てることは疑う余地もない。


次月へと続く。


平成29年3月30日


 

三国志から学ぶ(その8) - WHY(目的)・HOW(目標)・WHAT(計画)後篇

今月コラムは、前篇に引き続き三国志から学ぶ-WHY(目的)・HOW(目標)・WHAT(計画)の後篇、
呉-孫権について語っていきたい。
(注:劉備玄徳=劉備 ・曹操孟徳=曹操 ・孫権仲謀=孫権 ・諸葛亮孔明=孔明)


筆者がWHY(目的)・HOW(目標)・WHAT(計画)を意識して用いるようになった最初のきっかけをお話ししよう。
以前アップル創業者故スティーブ・ジョブズが出演していたTVプレゼン番組を視聴する機会があった。
彼のプレゼンは「アップルがこの商品を企画開発したのは、どのような意味・価値があるのか?
何のためにアップルは何故この商品を企画開発する必要性があったのか?」(=WHY意義・目的)から始まった。
次に「その目的を実現するにはどうするか?」(=HOW目標)、続いて「この目標を達成するためには
具体的に何をいつからいつまでに実行するのか?」(=WHAT計画)の流れであった。
当時、弊社は自社開発ITパッケージ(プロジェクト管理ソフト「PM-BOX」)の販促プレゼンにおいて、いかに
商品の訴求ポイントを絞り、簡潔明瞭に表現するかで悩んでいた。そんな時偶然にも出会ったジョブズの
プレゼンスタイルは印象的で、そこから新商品企画の考え方を学んだ。


さて、本題の今月コラムに入ろう。前回までの「三国志から学ぶ」では蜀の劉備と孔明、魏の曹操と仲達を
中心に述べてきた。三国志は蜀王劉備、軍師孔明、将軍関羽・張飛に対抗する魏王曹操、軍師司馬懿を中心に
描かれているためだ。呉の孫権の場合、劉備・曹操と同世代であった孫堅(孫権の父)が早く戦死し、その後に
呉の家督を継いだ孫権の兄(孫策)も暗殺されたため、その遺志を引き継ぎ皇帝となった孫権の登場が遅くなった。


地政学的にみて、天下掌握に一番「地の利」があったのは中国の中央部に領地を所有する魏であり、中央部から
外れた所に領地を所有する蜀(山間部)、呉(沿岸部)の天下掌握は、地理的にみても不利な状況にあった。
では、呉王孫権のWHY(目的)・HOW(目標)・WHAT(計画)とは・・・


○呉-孫権
孫権は同世代ではない劉備、曹操と比べて単純に比較しづらい人物ではあるが、魏と蜀からの圧力に屈する
ことなく呉を守り切った才覚のある君主であることは疑う余地もない。その呉王孫権のWHY(意義・目的)は
中国全土を支配することではなく、自国の国政安泰の保持であったと思われる。では、どうやって国政を保持
したのか?そのHOW(目標外交手段・戦略)は、自国を攻めてくる敵国に対する利害関係を共にする国との
同盟政策(政治外交)を軍師周瑜・魯粛の智略で補ったことである。そのWHAT(計画)は、魏軍の進攻に対し、
劉備軍(後の蜀)との同盟による抗戦である。その代表的な戦いとして「赤壁の戦い」が挙げられる。
呉の孫権は、この戦いで天下掌握のため呉を進攻する強国魏に対し、呉と蜀の同盟軍で魏軍に大勝し、呉国内の
独立性を保つことが出来た。有名な格言「呉越同舟」は、普段仲が悪い者同士も窮地には一致協力するという
意味であるが、まさにこの赤壁の戦いはこれにあたる。


孫権は魏の曹操や蜀の劉備と比べると地味なリーダーであったが、部下の長所を巧みに引き出し、そのため有能
な人材が多く育ち、彼らの活躍によって群雄割拠の三国時代を生き残ることができた。その例として、長年呉を支
え続けてきた軍師周瑜・呂蒙亡き後にも、陸遜という名軍師が登場し「夷陵の戦い」で蜀軍の劉備に火攻めで
圧勝している。孫権の人材育成の成果を表す故事に「呉下の阿蒙に非ず」がある。呉の立派な将軍になった呂蒙を
指した言葉で、以前呉の都にいた頃の蒙君ではなくなったという意味で使われている。


○WHY(目的)・HOW(目標)の文化の違い
WHY(目的)・HOW(目標)の言葉は文化の違いにも使われる。以前筆者はドイツ系外資企業に勤めた経験がある。
勤務当時に感じたドイツと日本との共通点は、勤勉さや規律性(内部統制―組織基盤の確立・ルール化)であった。
これに対し文化の違いは、ドイツが何故のWHY、ロジック(目的、原因分析)から体系的、合理的に物事を考え、
制度、仕組み等の構築力が優れているのに対し、日本は過去の経験則に基づいた気づき力、どうやっての方法論を
重んじたHOWの感性(対策改善)からくる応用力、改善力に優れていることであった。
WHY(原因分析)ロジックの考え方を重んじたドイツに対し、WHYを深堀せず、HOW(目標・対策)、感性を
重んじる日本との対比は大変興味深いものがある。
ちなみにマーケティング先進国アメリカでは何故を5回繰り返し(5WHY)原因の深堀を行うことで、見えてくる
原因の根幹に辿り着く手法がある。元々狩猟民族で、獲物(市場)を捕獲するマーケティング手法(市場の潜在ニーズを
顕在化させる)を主とする欧米と、元々農耕民族であり、マーケティング後発国である日本との文化の違いは大きい。


目的と手段という言葉は日常的によく使われる言葉である。「給料を会社からもらうから働く」という考え方では、
給与が目的となり、働くことは手段となる。逆に「働いた成果報酬として給与を会社からもらう」という考え方になる
と働くことが目的となり、その報酬として得る給与は手段となる。
では企業の場合はどうであろうか?何のために会社は存在するのか?企業の目的は自社の理念・使命・ビジョンの
実現であり、その実現のための手段が金となる。売上は目的ではなく手段(目標)であることを忘れてはならない。


では、筆者は本コラム「三国志から学ぶ」を一体何のためにやっているのだろうか?
その答えとなるWHY(目的)は、温故知新(故きを温ねて新しきを知る)からトップの理念、使命、権限委譲、決断
力等を現代経営に活用することであり、そのHOW(目標)は三国志を読み解くことで得るソリューション(問題解決)
の本質を知ることであり、そのWHAT(計画)は本コラム(頭の整理をしながら)の掲載である。


筆者が心掛けていることがある。自身が難しい状況下に置かれ、大きな決断を下す時に、孔明であれば、この状況を
どう判断、決断するだろうか?自分を主人公に置きかえて、今自分が何をすべきか?一番正しいと思われることを
考えてみる。歴史はその道標となる。三国志から学ぶは次月へと続く。


平成29年2月25日